祈る聖ヒエロニムス

『祈る聖ヒエロニムス』
オランダ語: De Heilige Hiëronymus in gebed
英語: Saint Jerome at Prayer
作者ヒエロニムス・ボス
製作年1485年-1495年頃
種類油彩、板
寸法80.1 cm × 60.6 cm (31.5 in × 23.9 in)
所蔵ヘント美術館ヘント

祈る聖ヒエロニムス』(いのるせいヒエロニムス, : De Heilige Hiëronymus in gebed, : Saint Jerome at Prayer[1][2][3]、あるいは単に『聖ヒエロニムス』(: De H. Hieronymus, : Saint Jerome[4][5][6]は、初期フランドル派の画家ヒエロニムス・ボスが1485年から1495年頃に制作した絵画である。油彩。四大ラテン教父の1人である聖ヒエロニムスのエピソードを主題としている。確実にボスの作品と見なされている20点の絵画のうちの1つで[3]、現在はヘントヘント美術館に所蔵されている[1][2][3][4][5][6]

主題

4世紀の聖職者であり神学者である聖ヒエロニムスは、ダルマチア地方のストリドン(英語版)に生まれた。伝説によると38歳のときにローマの公職を退き、聖地巡礼の旅をしたのち、シリア砂漠サソリと野獣だけを友人としながら隠者として暮らし、ヘブライ語の研究に専念した。彼は厳しい禁欲的生活を送り、幻覚をともなう激しい熱情に襲われるたびに、何度も胸を打った。さらによく知られている伝説では、聖ヒエロニムスはあるとき傷ついて足を引きずっているライオンと出会った。彼がライオンの足から棘を取り除いて傷の手当てをすると、ライオンは聖ヒエロニムスの友人となり、彼とともに暮らしたと言われる[7]

作品

聖ヒエロニムスを描いたボスの『隠遁聖者の三連祭壇画』。1493年頃。ヴェネツィアのアカデミア美術館所蔵。
ボスのキツネとニワトリの素描。ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館所蔵。

画家の名前の由来となった聖ヒエロニムスはボスの作品の中で重要な位置を占めている。ボスは聖ヒエロニムスを何度が描いており、聖ヒエロニムスを学者として、またきわめて厳格な道徳主義および個人的な献身の点から、模範的人物であると考えた。

ボスは十字架の前に倒れ伏しながら祈りに没頭する聖ヒエロニムスを描いている。聖ヒエロニムスは頭を剃り、粗末な衣をまとった半裸の姿で描かれている。彼は目を閉じて、うつ伏せで荒野の上に身を投げ出し、両腕の間に抱え込んだキリストの磔刑像をともなう十字架を、前方に差し出すように合掌した両手首の上に置いている。彼のすぐそばには石が転がっている。この石は聖ヒエロニムスが激しい熱情を追い払うため、胸を叩く際に用いたものである[7]。聖ヒエロニムスは奇妙な形をした岩や、異国の植物、倒れた木の幹など、混沌とした風景に取り囲まれている。彼の親しい友人であるライオンは画面左端で小さな家畜として描かれている[4][5]。彼の足の先にはつばの広い帽子と聖書が置かれている。倒れた木の幹の枝にはフクロウが止まっているほか、トカゲ野鳥など多くの小動物が描かれている。画面左下隅では1匹のキツネが体を丸めて眠っており、その周囲にはキツネが食い殺したらしいニワトリの身体の各部位が散らばっている。遠くの風景は水と緑が豊かであり、人々の暮らしが小さく描かれている。

絵画は善と悪、精神と肉体のコントラストを表している[2]。ボスは前景の聖ヒエロニムスの苦難の光景と、遠景の自然主義によって描かれた穏やかな風景を対比させている。岩や木の幹は悪い予感をはらんでおり、まるで生命を宿しているかのように見えるが、全体的には非常に現実的であり、細部は生き生きとしている[2]

2015年から2016年にかけて、様々な科学的手法を用いて徹底的に分析された[4][3]。その結果、本作品の絵画技法や、様式、下絵に用いられた画材、制作の過程で残された痕跡は、ボスが助手の手を借りることなく独力で本作品を制作したことを示しており、ボスの中心的な作品であると結論づけられた[4]。さらに修復によって本来の色彩と細部が明らかにされた[3]

年輪年代学的分析により、本作品の制作年代は1485年以降、1495年以前であると示唆された。オリジナルの額縁は失われており、板絵は上下のサイズに合わせてわずかに切り落とされている[4]

来歴

1908年にヘント美術館の収蔵コレクションに加わった[6]

ギャラリー

  • 額縁
  • 遠景の村落
    遠景の村落
  • 祈っている聖ヒエロニムス
    祈っている聖ヒエロニムス
  • 倒れた木の幹とフクロウ
    倒れた木の幹とフクロウ

脚注

  1. ^ a b 『西洋絵画作品名辞典』p.690。
  2. ^ a b c d “St Jerome in Prayer”. Web Gallery of Art. 2023年5月28日閲覧。
  3. ^ a b c d e “Nine must-sees at the Museum of Fine Arts : Discover the world-class collection of Belgium’s oldest museum”. Visit Gent. 2023年5月28日閲覧。
  4. ^ a b c d e f “Saint Jerome, ca. 1485 - ca. 1495”. ヘント美術館公式サイト. 2023年5月28日閲覧。
  5. ^ a b c “Saint Jerome”. De Vlaamse Primitieven. 2023年5月28日閲覧。
  6. ^ a b c “De H. Hieronymus, ca. 1482 of later”. オランダ美術史研究所(RKD)公式サイト. 2023年5月28日閲覧。
  7. ^ a b 『西洋美術解読事典』p.268-269「ヒエロニムス(聖)」の項。

参考文献

外部リンク

ウィキメディア・コモンズには、祈る聖ヒエロニムスに関連するカテゴリがあります。
  • ヘント美術館公式サイト, ヒエロニムス・ボス『聖ヒエロニムス』
絵画
  • 『東方三博士の礼拝』 (1474年頃)
  • 『最後の審判の三連祭壇画』 (1482年頃)
  • 『キリストの磔刑』(1480年-1485年頃)
  • 『荒野の洗礼者聖ヨハネ』(1489年頃)
  • 『パトモス島の聖ヨハネ』(1489年頃)
  • 『この人を見よ』 (1490年頃)
  • 守銭奴の死』 (1485年-1490年頃)
  • 隠遁聖者の三連祭壇画』 (1493年)
  • 『東方三博士の礼拝の三連祭壇画』 (1494年頃)
  • 『祈る聖ヒエロニムス』 (1485年-1495年頃)
  • 聖ウィルゲフォルティスの三連祭壇画』 (1497年頃)
  • 『十字架を担うキリスト (ウィーン)』 (1490-1500年頃)
  • 『聖クリストフォロス』 (1490-1500年頃)
  • 『愚者の船』 (1490年-1500年頃)
  • 大食と快楽の寓意』 (1490年-1500年頃)
  • 『放浪者』 (1500年頃)
  • 聖アントニウスの誘惑の三連祭壇画』 (1501年頃)
  • 『手品師』 (1502年頃)
  • 快楽の園』 (1503年-1504年)
  • 『十字架を担うキリスト (マドリード)』 (1505年-1507年頃)
  • 『最後の審判の三連祭壇画』 (1486年-1510年頃)
  • 『聖アントニウスの誘惑』 (1500年-1510年頃)
  • 七つの大罪と四終』 (1505年-1510年頃)
  • 『茨の冠のキリスト』 (1510年頃)
  • 祝福された者の天国への上昇』 (1505年-1515年頃)
  • 『聖アントニウスの誘惑』 (1510年-1515年頃)
  • 乾草車の三連祭壇画』 (1512年-1515年頃)
  • 『十字架を担うキリスト (ヘント美術館)』 (1510年–1516年頃)
  • 愚者の石の切除』 (1494年–1516年頃)
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