碩運寺
碩運寺 | |
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所在地 | 東京都荒川区西尾久2-25-21[1] |
位置 | 北緯35度44分59.6秒 東経139度45分50.5秒 / 北緯35.749889度 東経139.764028度 / 35.749889; 139.764028 (碩運寺)座標: 北緯35度44分59.6秒 東経139度45分50.5秒 / 北緯35.749889度 東経139.764028度 / 35.749889; 139.764028 (碩運寺) |
山号 | 鎮護山 |
宗派 | 曹洞宗[1] |
本尊 | 聖観世音菩薩 |
創建年 | 慶長元年(1596年) |
開山 | 栄伝 |
開基 | 千田庄兵衛 |
公式サイト | 【曹洞宗 碩運寺(せきうんじ)】のホームページ |
法人番号 | 2011505000325 |
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概要
1596年(慶長元年)、千田庄兵衛の開基である[2]。当時は武蔵国葛飾郡南本所石原町(現・東京都墨田区石原)に位置していた[2]。境内には新美稲荷社があり、石原の鎮守となっていた[2]。1910年(明治43年)、現在地に移転した[3]。
尾久温泉の発見
移転後まもなくの1914年(大正3年)、当寺の住職松岡大機が[2]井戸を掘ったところ、尾久温泉を発見した。最初は湯治場「寺の湯」として参拝者が利用していたが、盛況だったので「不老閣」として独立した。その後、尾久温泉は戦前まで温泉街として発展していった[1]。
交通アクセス
- 都電荒川線宮ノ前停留場より徒歩1分[1](経路案内)。
脚注
[脚注の使い方]
- ^ a b c d “碩運寺(せきうんじ)”. 荒川区. 2020年10月30日閲覧。
- ^ a b c d むかし墨田にあったお寺 1983, p. 10.
- ^ 高田隆成、荒川史談会 著『荒川区史跡散歩 (東京史跡ガイド18)』学生社、1992年、147p
参考文献
- 墨田区教育委員会社会教育課編集『むかし墨田にあったお寺』墨田区教育委員会社会教育課、1983年3月、10頁。
- 高田隆成、荒川史談会 著『荒川区史跡散歩 (東京史跡ガイド18)』学生社、1992年
- “碩運寺(せきうんじ)”. 荒川区公式サイト (2020年6月24日). 2020年10月23日閲覧。
関連項目
外部リンク
- 【曹洞宗 碩運寺(せきうんじ)】のホームページ
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