パーシー・ヒース
パーシー・ヒース Percy Heath | |
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パーシー・ヒース(1977年) | |
基本情報 | |
生誕 | (1923-04-30) 1923年4月30日 |
出身地 | アメリカ合衆国 ノースカロライナ州ウィルミントン |
死没 | (2005-04-28) 2005年4月28日(81歳没) |
ジャンル | ジャズ |
職業 | ベーシスト |
担当楽器 | ウッドベース |
パーシー・ヒース(Percy Heath、1923年4月30日[1] - 2005年4月28日)[2]は、アメリカ合衆国ノースカロライナ州出身のジャズのベース奏者。テナー・サクソフォーン奏者のジミー・ヒース、ドラマーのアルバート・ヒースは兄弟である。
略歴
ノースカロライナ州ウィルミントンに生まれ、子供時代をペンシルベニア州フィラデルフィアですごす[1]。父はクラリネット奏者、母は教会の合唱隊に所属していた。8歳でヴァイオリンを始める。1944年には軍隊に入隊する[2]。除隊後、グラノフ音楽学校 (Granoff School of Music)に入学し[2]、まもなくジャズクラブで演奏を始める[1]。
1940年代後半にニューヨークに移り住むと、パーシーと弟のジミー・ヒースはディジー・ガレスピーのビッグバンドに参加する。このビッグバンドのメンバー、ジョン・ルイス、ケニー・クラーク、ミルト・ジャクソン、レイ・ブラウンが後にモダン・ジャズ・カルテット (MJQ)として知られるグループを結成するが[1]、1952年にレイ・ブラウンがMJQを抜けると代わりにパーシー・ヒースがベーシストとして加入。パーシー・ヒースはそれ以来、1993年のMJQによる最後のレコーディングまでMJQのベーシストとして活動した。
1975年に、兄弟のジミー・ヒース、アルバート・ヒース、ピアニストのスタンリー・カウエルとともにザ・ヒース・ブラザーズを結成、活動する[1]。
2003年には、初のリーダー作『A Love Song』を録音する[2][3]。
ディスコグラフィ
リーダー・アルバム
- A Love Song (2003年) ※with ジェブ・パットン、ピーター・ワシントン、アルバート・ヒース
モダン・ジャズ・カルテット
詳細は「モダン・ジャズ・カルテット#ディスコグラフィ」を参照
脚注
外部リンク
- National Endowment for the Arts - NEA Jazz Masters biography
- Brotherly Jazz: The Heath Brothers DVD Documentary
- パーシー・ヒース - Discogs
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